「失われた時を求めて」第三篇 文庫第五巻・文庫第六巻・文庫第七巻 プルースト 吉川一義 訳 (岩波文庫)

2021/8/27
失われた時を求めて第三篇
第三篇「ゲルマントのほう」
第三篇は文庫第七巻までなのですが、一気に感想文として記事にすると長くなりそうなので、2回に分けて、第五巻・第六巻と第七巻、それぞれの感想文とします。今回は第五巻第六巻です。
第五巻 ゲルマントのほうⅠ
この小説に読み慣れて、何となく感覚で捉えられていた作者のものの見方や考え方が、少しは理解出来るようになって来ています。「われわれがなにかを感じる世界と、考えたり名づけたりする世界はべつであり、この両者を対応させることはできるが、両者の隔たりを埋めることはできない。」この見方は、現実の人間を認識する行為にたえず主観が介在し、客観的認識たりえないのが事実である、という作者の認識が語られています。また、ドレフュス事件を巡ってのお話しの中で、作者は同じ社会階層に属するメンバーであっても正反対の思想的立場を取る事から、社会階級が人間の行動や思想を規定するわけではない事を強調しています。更に、「人はその思想によって人間なのですが、思想の数は人間の数よりずっと少ないので、同じような思想をもつ人間はみな似たり寄ったりに見えてしまいます。」つまり、本人がいかに自分独自のものと信じていようと、他人の思想の受け売りである事が多い事を、語ります。「―傑出した将軍らは独創的ひらめきで型にはまらない新たな戦術を編みだすことー」、「そこで音を聞いていたのではなく、そこに音を見ていたのだ」、「人間の想像力のたくましさ、恋の苦悩の原動力となる幻想」、などの見方の中に、作者の優しい感性や論理を見出すことが出来ると思います。
第六巻 ゲルマントのほうⅡ
19世紀末(1800年代末)のフランス社交界のお話しです。そこに集う人々の会話や仕草を通して、それぞれの人の人間性を描いています。演劇の一場面を想像して、舞台は当時のサロンで、そこに人々が集まり、色々な話題について語り合います。その語り合いを見て、考えるというお話しだと思います。一人の人間の様々な側面も描いています。日常の自我は他との関わりにおいて不動の確たる存在ではありません。海の波がその時々ごとに違った表情を見せるに似ています。同性愛についてのお話しやユダヤ人のお話しも有ります。主人公の最愛の祖母が死に至る経過の克明な描写は泣けました。「~その顔からは、積年の苦痛によって~跡形もなく消えている。~生命は立ち去るにあたり、人生の幻滅をことごとく持ち去ったのだ。~ほのかな笑みが祖母の唇に浮かんで~」、懸命に生きて自然に死を迎えた人の、それこそ仏のような死に顔が想像されます。自殺した人の顔には笑みは浮かばないと、私は経験として知っています。

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