「失われた時を求めて」第七篇「見出された時」 文庫第十三巻「見出された時Ⅰ」 プルースト作 吉川一義 訳 (岩波文庫)

2022/8/26
文庫第十三巻「見出された時Ⅰ」
P217・8行目~10行目 「この国家の生活は、それを構成する諸個人という細胞の生活を拡大して反復しているだけであるから、この細胞の生活の神秘や反応や法則を理解出来ない者は、国家間の抗争を語っても空疎なことばを発することしかできない。」、この考え方に作者の観念形態(イデオロギー)が有ります。
個人の集合体として国家を捉えています。そして、その個人の生活をよく知る事に意味を見い出しています。私はこの民主主義に繋がるイデオロギーは価値があると思います。
P223後ろから2行目~P224の1行目「私自身でさえ、もし愛国心を持たなかったなら、自分をフランスという個体の一細胞であると感じることはなく、---」。きっと、ロシアによる一方的なウクライナへの軍事進攻を許さない、ウクライナの多くの人達の想いをさえている心は、この愛国心です。
残念な事ですが、我が国において、この愛国心を悪しき心として蔑む、それこそ悪しき風潮は、我が国の民主主義を貶める行為にほかなりません。全体主義や権威主義や独裁主義を許してはいけません。
P255の後ろ4行目「そんなふうに戦争にまつわる人間や事物について新聞の報じることによってのみ判断をくだしている世間の人が、自分自身で判断をくだしていると思いこんでいること--」。今日ではテレビや新聞などのマスメディアの報道だけではなくて、SNSなどのネット報道によって、自身の判断根拠を問う事が出来る情報環境にはなっています。
ところで、第十三巻まで読み進めても、他人と関わっている主人公の内面の描写は分かりやすいのですが、主人公の考えている内容の描写については、理解が難しい部分が有ります。また、なかなか当時の社交界の記述に関しては理解が進みません。
この事は、P513の後ろから2行目~「われわれが明るみにとり出すべきは、われわれ自身の感情、情熱であり、それはとどのつまり、万人の感情、情熱である」と、プルーストはここに芸術の普遍性を見ているからだと思います。
 

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